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自称非リア充がボーカロイド大好きな理由

仕事柄いろんな話を聞くけど、イマイチ納得できないことがある。

情報化社会らしく、流行の分断があるところがよくわからない。

一方では常識になっていることが、ある一方ではサッパリといった感じである。


一番顕著なのが、ネット系の知識だ。


ある人は「パソコン?ハイテク?」と思っている一方で

「ニュー速?ボッコボコにしてやんよwww」っていうのが混ざっている。


これでは話をどっち基準に合わせていいかわからない。


一昔前はそれこそ「ネットきもい」と言ってればよかったのが

最近はネットの世界しか知らない人も増えてきた。

適度にネットの世界の話も混ぜないとついてこられない。


そんな「常識分断」の一番わかりやすいのが、ボーカロイドだろうなと思う。


ネットに触っていない人は未だに知らないか、

「オタクが好きな合成音声でしょ?キモい」と言う。


ネット漬けの自称非リア充ほど

「最近の歌謡曲はダメだ!アニソンがボカロがいい!」と言う。


よく考えなくてもどっちも極端である。


知らない人は知らない人で仕方がない。

「オタクキモい」の理論は往々に理解できる。


しかし、何故「ボーカロイド」はよくて「歌謡曲」は嫌いなのか。



妹の学校で、昼の放送でボカロ曲をかける事が禁止になった。理由は「機械だから」「歌詞が分からないから」。そんな理由で禁止にして欲しくない。機械だって、人の心を打つ素晴らしい歌を歌うのだ。そんな偏見は、ボカロPやプログラマーに失礼だと思う。そういう誤解はやめてほしい。


そんなツイートが駆け巡ったのが最近だけど、

これは全く発言者の言うとおり、ボカロだからと言って偏見はよくない。


だけど、学校でボカロ曲をかけることは禁止されてもおかしくないというか

むしろ積極的に禁止してもいいと思う。


この妹の学校の明示した理由が頓珍漢で、本質を一切無視しているのも問題。


まず「機械だから」。

これでは打ち込み系のテクノ及び「コンピューターおばあちゃん」が流せない。

だからおかしい。


そして「歌詞がわからないから」。

これではほとんどの日本語以外の楽曲が流せない。

オペラのアリアなんて歌詞がわからないから積極的に推奨できないわけですね。



じゃ、何が問題なのかと言えば。


「大多数の人間が聞いて平気なのか」


そこに尽きると思うのね。



例えば歌謡曲は、まかりなりも「商品」だから毒にも薬にもならない代わりに、

誰が聞いても特に不快感を感じることはないだろう。


でもボカロ曲は、それこそ同人音楽である。

ある特定の層に受けるために作られている内輪楽曲である。


そして、その層以外が聞くと不快になる可能性が非常に高い。

実際昼休みに「はわわわ」とか「お前を殺しに行く」とかそういう歌詞を

流していいのかと。私だったら椅子ぶん投げるかな。


「そういうのは個人で楽しく聞いてくれ。みんな(大衆)に聞かせるものじゃない」



もちろん、それを言うなら「J-POPだって不快」と思われるでしょうが、

本当にそれは「曲が不快」なのだろうか?


自称非リア充の方々は、何でもメジャーなことにコンプレックスを

持っている場合が非常に多い。


だからJ-POPを学校で流されるとこういう思考回路になるのだ。


「あんたたちの『好き』の押し付けはやめて」


と、いうわけでいわゆるメジャーから離れたボーカロイド等を信仰するわけ。

いわゆる「中2病」って奴ですね。


彼らは本当に好きなものを「好き」と言っているのか、怪しいときがある。

それはコンプレックスの裏返しから来ているのでは、と勘繰りたくなるときもある。



結局「大衆(マス)」VS「少数派(オタク)」の対立構造なんだっていうこと。

ただ、最近はマスコミのオタク報道のせいで「マスオタク」が増えている。


自分が好きだから好きなのではなく、報道によってオタク化している。

特に自称アニメオタクにはそういう傾向がある気がする。

むしろ、オタク業界にそんな波がある気がする。



どっちにしろ、面白いものを面白いということだけが正しい気がする。

「あの子が好きだから」「あの子が嫌いだから」で好きなものを選択している

マスオタクは今後も増えていくのだろうか。



そうそう。

「自称非リア充」っていうのは、「彼氏(彼女)がいない人」のことらしいです。

よく使われる「非リア充」の定義とかけ離れているので「自称」と入れました。

「アタシ非リアだから~」と明るく話すわけです。

そして「リア充とか言葉使ってアタシオタクっぽいでしょ」アピールです。

それがマスオタクたちの実態です。


そんなマスオタクたちにとってボーカロイドっていうツールは

オタクアピールにちょうどいいものだったんでしょうね。


結局彼らにとって「いい曲だからボカロでも流したい」ではなく

「クソ一般人どもめボカロ曲でもいい奴あるんだよ聞け」っていう感じなんだろうな。



確かにボカロ曲にもいいのがあるけど、ダメな奴もあるのが現実。

それはJ-POPも一緒なんだけどさ。


でも、それは誰も論じない。

「ボカロにもいい曲はある!」か「ボカロなんて害悪」のどっちか。

中身を見て決めてくれよ。



結論①:ボカロだろうがJ-POPだろうが音楽には変わりありません。

結論②:結局皆「ボカロ」というブランドでしか音楽を見ていないんじゃないのか。


大衆にも理解を示さないと、自分の好きなものも理解してもらえないと思うんだけどね。

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