スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

今年よかったなぁと思うコンテンツ2013

 2013年も残すところ数十時間になりました。
 ここで個人的に今年ヒットした作品で感性を揺さぶられたモノを振り返ってみましょう。


「泣くな、はらちゃん」


泣くな、はらちゃん シナリオBOOK (日テレbooks)泣くな、はらちゃん シナリオBOOK (日テレbooks)
(2013/03/23)
脚本:岡田惠和、漫画:ビブオ 他

商品詳細を見る


 ここ数年の民放ドラマで一番のヒットです。毎週欠かさず見るなんて本当に久しぶりだった。長瀬君はいろいろ常人離れした役をやってきているなと思っていたのですが、まさか漫画の世界の人間をやるとは思っていませんでした。

 「自作の二次創作漫画の主人公が飛び出してくる」という設定もぶっ飛んでいますが、萌えハーレム的なものをを期待して見るとかなり裏切られること間違いなしの作品。意外と哲学的なのです。




「働くということは、生きることです」

 この考え方が好き。「アンパンマンのマーチ」の答えを一瞬で出してしまいました。はらちゃんおそるべき。
 何のために生まれて、何のために生きるのかと問われて、「働いて、世界と両思いになる」と
 定義づけてしまったこの深すぎる哲学をさらっと土曜の9時に放送したとか信じられない。

「殺すしかないね!」

 ユキ姉の決め台詞。何か面白くないことがあればとりあえず「殺すしかないね!」。
 ところがこの台詞が後半意外なところで響く形になり、いろんな意味で涙を誘ったのです。

「言葉は神様から頂き、そしてメロディーは悪魔さんから頂きました」

 主題歌「わたしの世界」が出来上がった経緯を説明した言葉。
 ドラマを最初から見ていれば「そうだね」というシーンも、角度を変えればどう見てもロックです。
 多分、この世界全部そうなんだと思う。


「風立ちぬ」



 こちらで多く語ったので、あんまり語らないけれども「人間の業」と向き合っているなぁというのが素直な印象。
 評判悪い庵野監督の声も、「生」っぽくて逆にいいなと思いました。
 人間の声って、私たちが思っているより普段は棒なんですよ。


「キルラキル」



 「面白い」言うから見てみたら、意外とハマってしまった。
 原点回帰みたいな昭和のアニメのドタバタに無駄なお色気シーン、わかりやすい一話完結。
 やっぱり「わかりやすい定番」という路線は大事だと思う。
 今のアニメって複雑に伏線をはればオトナと思っているところないだろうか?
 そして「とりあえず女の子出しておけ」と思っていないかな?
 そういうのを求めていない人が安心して見られるアニメです。
 
 振り返って気が付いたのが、「はらちゃん」も「キルラキル」も意図的に古臭く作った作品だったということ。
 昔からレトロフューチャー大好きで小松崎茂とか好きなあたりの何かを抉ってくるのかもしれない。

 参考:こういう世界が好きです。
 1333345920_photo.jpg


 人間性がよくわかった1年でした。来年も素敵なコンテンツに出会えますように。

↓クリックしてくれるとうれしいな。

スポンサーサイト

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

小説を書く上で必要なひとつのこと

 なんつーか、ネットが普及して「小説」の意味が変わってきてしまっている気がする。

 「妄想」と「小説」は違うのだよ。
 渋谷の交差点のど真ん中で拡声器で叫びたい気分だ。


 たしかに小説の始まりはほとんど全てが「妄想」からスタートしている。でも、それを生のままで出すとよくない。「こちら気まぐれシェフのサラダです」と言われて丸ごとレタスを出されても気まぐれすぎて困るのではないだろうか。妄想をそのまま文章にして出す、というのはそういう状態である。もちろん飢えた人の前で調理するのは野暮だからホモォな感じの人たちは丸ごとレタスをかじっていてもいいと思うし、その状態で満足ならそれでもいいと思う。

 でもせっかく看板掲げて小説書くのなら、きちんと調理した料理を出そうよとは言いたい。それでは「妄想日記」と「小説」をどうやって見分けるかというと、割と方法はカンタンである。

 書いた作品を、友人に見せて批評を聞きたいと思うかどうか。

 それに尽きる。もちろん「面白かった」以外の感想は受け付けないというのではない。いわゆる「ツッコミ」を受けて直せる自信があるかどうか、それが大事だと思う。できれば現実世界で関わりのある文芸に理解のある人に見せるのが良い。ネットだと批判だか何だかわからない感想であんまりよくないと思うし、結局バーチャルな感想だからイマイチ骨身につかない。実際に聞いたほうが最初のうちは勉強になると思う。

 小説を書くということは人間の内面を覗くことに近いと思う。自分一人の内面を映していたのでは、決して面白いものは書けない(たまにそういう人もいるけど、そういう人は化け物レベルの天才だから自分を天才と思い込むのはよくない)ということを自覚して、誰かの意見を聞き入れることが大事であると思う。「あ、そういう視点もアリか!」とその作品の手直しをしたり、次回作に生かしたり、そういうことが出来なかったり傷ついていたりするということは「妄想」を否定された、と悲しむことに他ならない。

 人間ひとりひとりには価値があるんだろうけど、自分に価値があると思っている人は基本的につまらない。つまらない人が書く文章が面白かったためしはあんまりない。つまらない人間はどうすれば面白くなるか? 多角的に人生を見つめなおすことが必要だろう。人生の側面をひとつで決めないで、いろんなものに触れてから「小説」を書いてほしいし、「妄想」のままで終わらせているのを「小説」と呼んで満足しているのもくだらないことだと思う。せっかく面白い才能があるのに、ヌルいネットの世界でぐだぐだしている人を見ると歯がゆくて仕方がない。

 あと、批判するのは批判される覚悟がある奴だけだと思っている。ネット安全圏でグチグチ言ってるのは基本的に批判じゃなくて愚痴だからスルーしましょう。そういうスキルを身に着けてからなら、ネットの批評を聞くのもいいんじゃないかなぁ。

↓クリックしてくれるとうれしいな。

テーマ : 物書きのひとりごと
ジャンル : 小説・文学

FC2カウンター
カテゴリ
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。