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心霊写真

友達二人と心霊写真を撮りに行った。


よく出ると評判の廃墟へ行き、適当にカメラのシャッターを押しまくった。


「そこにいるだろー」


「ほらピースして」


など何もない空間に向かって冗談半分で言い放ち、


最後に余ったフィルムを適当に消化して帰ってきた。




後日、現像した写真を見ても特に何も映っていなかった。


白いもやもオレンジの発行体も、人の顔らしきものも何も映ってなかった。


「やっぱり心霊写真なんてないよなー」


「でもこれ、夏の思い出って感じで好きだよ」


一緒に出掛けなかった友達が最後の写真を渡してきた。


それは廃墟の前で三人仲良く満面の笑みを浮かべている写真だった。




友達二人と相談して、現像した写真はすべて廃棄することにした。

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女の『子供かわいいアピール』うぜぇ!?

最近ネットで見る「女の『子供かわいいアピール』うぜぇ!」っていうのがわからなくなった。


どうやら子供をみて「かわいー!」って同じような反応するのが嫌みたいだね。


でも、何人の女性が「打算的」に「かわいー!」って言ってるのかな。


多分打算なんて存在しないんじゃないかな。




あの「かわいー!」はやっぱり本能的に発せられてるものだと思う。


子供見たら「かわいい!守ってあげなきゃ!」って理屈抜きでまずはそう思う。


決してアピールしているわけじゃないんだよね、きっと。




これに相当する行動って何だろうなって考えたら


男性が道行く美人をついつい見てしまったりする行為になると思う。


その気はなくても、つい見てしまうのと同じように


女性も子供を見てつい「かわいー!」って言ってしまう。




とりあえず変な勘繰りはしないで素直に生きるのがいいんじゃないかな。

訃報相次ぐ

もう何だというのですか。



今朝は伊良部投手の訃報に


昨日はレイ・ハラカミさんに


ガキ使のおばちゃんこと三城晃子さん。


そしてこの前はアニメ監督の芦田豊雄さん。




そして何より小松左京御大。




もう言葉も出ないよ。


特に「果てしなき流れの果てに」は私の人生を変えるくらいの素晴らしい出会いだったというのに。


震災を見て、これからの日本を少し見守っててくださったんでしょうか。


ありがとうございました。


ゆっくりお休みください。

上の階

アパートに住んでいるが、上の階の住人の騒音が激しい。




子供がドタドタと走り回るような音。


何人かの笑い声。


週末はお祭り騒ぎでドタバタがやまない。




何度か上の階に行ってみたが、そんな時に限って在宅している様子はなかった。


たまりかねて大家に直接交渉してみた。



「上の住人の騒音がひどいんですけど」


「おかしいね。今あの階に住んでいる人は誰もいないはずなんだけど」

金縛りと明晰夢

いつだかこんな記事を書いたのですが、


先日はなんと久々に「明晰夢」を見ました。



明晰夢とは何ぞや?



明晰夢(めいせきむ、英語:Lucid Dream)とは、睡眠中にみるのうち、自分で夢であると自覚しながら見ている夢のことである。明晰夢の経験者はしばしば、夢の状況を自分の思い通りに変化させられると語っている。

(wikipediaから引用:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E6%99%B0%E5%A4%A2



具体的には夢の中で「あ、これは夢だ」と自覚して「夢だし、ワープできるかな」と思えば

瞬間移動もできるし、空も飛ぶこともできる。


実際夢の中で空を飛ぶのは結構楽しいです。

ふわふわーと地上4~5mをゆっくり移動してます。


ただ、この夢を見られるのはだいたい疲れているときに限られます。


そして、半覚醒状態、ということで明晰夢と金縛りは割と近い仲間なのではないかと思っています。



どうせなら楽しい現象のほうがいいと思うんだけどね。

金縛りより頻度が低いのがちょっと残念。



今夜は夢も見ないで眠れる夜にいたします。おやすみなさい。

夏休みはやっぱり短い

とっても忙しいのです。



盆と正月とクリスマスが一緒に来たのかって騒ぎ。

今月末踏ん張れば、夏は少々お休みできるので今から楽しみ。



今年の夏の目標。



・たくさん本を読む


・遠くに出かける


・ボイトレやってみる




特に一番下は今年の夏の特筆事項。

まだ具体的に動いてないけどそのうちトライします。

ひぐらし

今年初ひぐらしを聞きました。



……まだ7月だよ?


もう秋かなー。

近況

ブログ更新ちょっときつくなってました。

明日からまたいろいろやっていきたい。


ピグライフたのしいです。

ひまわりにお水ください。

死ねばよかったのに

あるカップルがドライブに出かけた。

しかし助手席の彼女が疲れて眠ってしまった。


彼は運転を続けていたが、しばらくすると

「次右」と彼女が呟いた。


「なんだ起きていたのか。この辺の道に詳しいのかな」と

彼は彼女の言うまま車を走らせた。


「右」「左」「まっすぐ」と彼女は曲がり角に来るたびに方向を指示し、

それに従っていくとだんだんと寂しい山道に入ってきた。

(近道でもあるのかな)と怪しんだが、彼女は

「しばらくまっすぐ」と呟くと何も言わなくなってしまった。



そのまま車を進めたが、ある異変に気がついて彼は急ブレーキを踏んだ。

そこは急な崖だった。あと数秒ブレーキを踏むのが遅かったら、まっさかさまに落ちていただろう。


「なんてところに案内してくれた!」と彼女を責めると

急ブレーキに驚いて起きた、道案内など知らないと彼女は言う。

どうやら彼女が嘘をついているようなところはないようだった。


「とにかく、怪我がなくてよかった、帰ろう」と彼が行って車をバックさせようとした時、崖の方から不気味な女の声が聞こえてきた。





「死ねばよかったのに」

台風

記録的な台風らしい。



確かに、雨も風も尋常じゃない。



暴風域がはるか彼方だというのに、



バケツをひっくり返したような雨がざぁざぁ降り続いている。



心配なのは高潮など津波にあった場所にまた被害がないかどうか。



何事もないといいけれども。

なでしこジャパン

なでしこが優勝しましたね。

やったね日本すげーな日本。


いろんな特集見ているけど、やっぱり澤選手はすごい。

執念のような努力の結果が世界一だもの。

うん、素直に尊敬できるな。



でも報道関係で一番面白かったのは

日本の女子サッカーの歴史でもなく

タコの占いでもなく



アメリカが負けた瞬間のアメリカでの中継で

みんな一斉に「OH MY GOD……」って顔で固まってるところかな。


勝って喜んでいる顔も一緒だったら

負けて残念って顔もみんな一緒なんだね。


多分日本だったら「負けて悔しい」っていうのと

「負けて当然」っていうのと「良く頑張った」っていう顔が程良く混ざっていただろうな。

「絶対勝つ!」と思っていたアメリカ人ほど「信じられない……」って感じで

みんな埴輪みたいにポカーンとしていてちょっと面白かった。



人間って、何だか面白い。

個人主義の先にあったもの

この頃「この時代の人はどこに行けばいいんだろう」って思うようになった。


例えば誰かが自分に都合の悪いことを言えば



「人それぞれでしょ、意見をおしつけないで」



と開き直り、そして誰かが自分に向かってない都合の悪いことを言えば



「差別だ! 謝罪だ! 人間のクズだ!」



と叩いてこきおろす。まるで自分が正義だとでも思っているのだろうか。




匿名文化のなれの果てなのだろうか、それとも根本の教育のせい?


全部誰かのせいにして、自分はお客様気取りで何かをしてもらおうと思っている。


原発問題は「国が悪い」「騙された」と騒ぐけれども、


自助努力はしないでテレビをみて「かわいそう」と言っているだけ。



何をやってもヒステリックでやりすぎた結果になるのは


メディアの責任もあるのだろうなと思う。


節電、サッカー、高校野球、K‐POPブーム……。


すべて煽りがなければ国民的なものにはならない。


いい加減「煽り」に嫌気がさしている意見もある一方で、


「煽り」を「人それぞれでしょ! 面白いもんは面白いの!」とメディアを盲目に信じてる。


そのくせ「面白くない」という意見には「叩き」で人間性を否定する。


判断基準は自分が泣けたか泣けないか、そしてテレビや誰かが言っていたから。


自分で「これこれこうだからこうだな」っていうのが全くない。



なんなんだろう。


誰かが何かを言うのをみんな待っているのだったら、


一体誰が骨になる意見を言ってくれるんだろう。


現状、骨になってもいい意見は「誰かの都合の悪い意見」だから「人それぞれ」「クズ」と叩かれる。


議論にすら持って行ってもらえない。




結局中身がないんだろうな。


個人主義っていうのは、自分勝手にふるまっていいっていうもんじゃない。


「あなたの考え」がなければ、その自分勝手はただの「迷惑」にしかならない。


そろそろ日本人は行き過ぎた「人それぞれ」をやめるべきなのかもしれない。

ひとりファミレスなぅ

ひさびさにひとりファミレス。

もしかしたら2年ぶりくらいかな?
昔は結構やってたけど実家暮らし再開してからは
お世話になってなかったなぁ。


そいでひさびさすぎて思わず入り口で偽名をつかい
スパゲティを一時間かけてかなり自由にゆっくり食べて
のびのびとしているつもりだけど、いかんせん田舎の話。

ひとりファミレスが周りに誰もいない。

なんか恥ずかしい。

そいでもってお冷やを向かいの席において
反対側の席でコーヒー飲んでるんだけど、

見えない誰かがいるって見えてないかな?
なんか不安。

それはそれでいい気もするけど。

Android携帯からの投稿

かいだん

とある学校では、夜間の警備をする人が

何故か10日目にやめてしまうということが続いた。


これはおかしいと、肝が据わっていることで有名な先生が

泊まり込むことにしました。


やがて夜中になると、宿直室の前の階段からおかしな声が聞こえました。


「いちだんめー! ひとっつのぼってうれしいなー!」


それはかわいらしい女の子の声でした。

こんな時間に学校に忍び込んだ奴がいるのではと

すぐ宿直室から飛び出したのですが、誰もいませんでした。


次の日の夜も、また声が聞こえてきました。


「にだんめー! ふたっつのぼってうれしいなー!」


先生はすぐ階段を見に行きましたがやはり誰もいませんでした。



次の日もその次の日も、声は聞こえてきました。

そして日ごとに階段を一段ずつ登っていることに気が付きました。


(ははぁ……あの階段はちょうど10段だから10日でやめていくのか)


9段目まで声を聞いたときに、先生は考えました。

全部上った時の声を聞きたくないので10日の朝にやめていくのです。


(俺なら正体を暴いてやるぞ)


そして次の日。また声は聞こえてきました。


「じゅうだんめー! とおでとうとううれしいなー!」


「そこにいるのは誰だ!」


そのとき、先生は階段を上っている「何か」をはっきり見ました。

しかし、先生はそこにいたのが「何か」を教えてくれません。


それからその先生は体調を崩しがちになり

遂には学校を辞めてしまったそうです。

なんとなく

ピグライフ始めてみました。



サンシャイン牧場はある程度やって、結局課金が嫌になってやめました。


課金が欲しくなるまでゆるーくやってみようと思います。

最後の写真

体の弱い子がいた。


でも、運動会の徒競走で走りたくて当日まで必死に練習をした。


本番の時は何とか完走することができた。


多くの拍手がゴールしたその子を包んだ。


しかし、その子はそこで力尽きてしまった。


病院に運ばれたが、既に手遅れだった。



両親は子供の最後の写真を現像に回した。


ところが、写真屋は最後の写真だけは見せてくれない。


問い詰めると、「見ないほうがいいですよ」と言って


渋々写真を出してきた。



それは偶然と呼ぶには恐ろしすぎる写真だった。


その子がゴールした瞬間、まるで拝むように


拍手をしている子供たち全員が胸の前で手を合わせていたのだった。


昔話をなめてはいけない

昔話特集をやろうと思って何本か書いてみたのですが



これがやっぱり難しい。



都市伝説系と違って、決まったあらすじがあるので


これを自分の言葉に書き直すのが難しい難しい。



そして「どれを書こうかな」と悩んでいるとあっという間に時間が経つ。


題材を選ぶところからけっこう一苦労だったり。



(ためしのカチカチ山はぶっつけで書いてみたけど)




大体世間が「夏休み」になるころから


少しずつ公開していこうと思います。




怪談のほうはなるべく毎日やっていこうと思います

見るな

とある駅で電車に飛び込んだ人がいた。



もちろん体はたくさんの乗客の前でバラバラになった。



とくに首は線路の上に転がり、たくさんの乗客の目に触れた。



乗客の視線を感じたのか、首だけになったはずの目がじろりと動き



乗客たちをにらみつけて言った。



「見るな」





これ自分から飛び込んでおいてひどいといつも思う。

とける記憶

今日は暑すぎた。



熱中症で何人も救急車で運ばれたらしい。



私も救急車で運ばれたら




他の私になれたのかもしれない。

確定事項

食欲なし。


立ちくらみ眩暈。


変な冷や汗。


異常なほどのやる気なし。





夏バテ確定。


休んでいろいろやりたくても仕事忙しくて

ろくに更新もできないよママン。




日曜は休みだから全力で休んでやる。

オーバーわぁく

片目生活のせいだろうか。


暑さのせいだろうか。



立ちくらみと眩暈と気分悪さと不快感と


なんかこう諸々によって



ダウン。




暑っ苦しいのに、負けた?


いいえ、疲労に、負けたー。

その片目も見えてるんだろ

とある理由で眼帯ライフを送ってます。


片目はしんどい。




まず目が疲れる。

本が読みにくい。

歩きにくい。



そして眼帯が暑い。




でも眼帯してる自分を見てムフフとか思ってる自分がいる。



ちっと気持ち悪いな。


いや、ちっとじゃすまないな。

星をみる少女

バイト帰りのすっかり暗くなった道を歩いていて、


ふと見上げると、とあるアパートの一室に少女がいて


ずっと空を見上げている。


その日は星がきれいな夜であった。


「ロマンチストなんだな」


その日はなんとなく温かい気持ちで家路についた。




次の日も、その次の日も少女は星を見上げていた。


知らず知らずにその少女の姿を見ることが日課になってしまった。




そしてあくる日。


その日は雨にも関わらず、少女は全く同じ場所で空を見上げていた。


いくらなんでも、こんな日にも同じ姿勢で空を見ているだろうか?


同じ姿勢で?





急いで警察に電話をして、彼女のいるアパートの部屋へ飛び込んだ。


彼女は星を見ていたのではなかった。


たどり着いた部屋の中で見たのは、窓際にぶら下がっている「彼女」だった。

とろける

毎日暑い。


とにかく暑い。


どろどろになるほど暑い。




でも明日から眼帯生活だから


余計暑いんだろうな、あーあ。

出せなかった写真

「よーし、そこから写真撮ってくれよ」


海めがけて崖の上から飛び降りて、そのまま友人は浮かんでこなかった。


それも、もう何年も前の話である。



遺体も見つからず、彼が海に飛び込んだ写真だけが

最後に彼が遺したものになってしまった。


思い出したようにカメラを写真屋に持って行ったが、

何故か彼の飛び込んだ写真だけない。

フィルムもそこだけ切り取られていた。



彼の最期の写真なので、店の主人に掛け合った。

「そうですか……それでは余計見ない方がいいでしょう」


納得がいかない僕は店主に食い下がった。

「そこまで言うのでしたら……後悔しないでくださいね」


店主は渋々彼の写真を持ってきた。

そして僕は店主の言葉通り、後悔することになった。




崖から勇ましく飛び降りる彼と、


それを海中へ深く引き込もうとする無数の手が写真には写っていたからだ。

自称非リア充がボーカロイド大好きな理由

仕事柄いろんな話を聞くけど、イマイチ納得できないことがある。

情報化社会らしく、流行の分断があるところがよくわからない。

一方では常識になっていることが、ある一方ではサッパリといった感じである。


一番顕著なのが、ネット系の知識だ。


ある人は「パソコン?ハイテク?」と思っている一方で

「ニュー速?ボッコボコにしてやんよwww」っていうのが混ざっている。


これでは話をどっち基準に合わせていいかわからない。


一昔前はそれこそ「ネットきもい」と言ってればよかったのが

最近はネットの世界しか知らない人も増えてきた。

適度にネットの世界の話も混ぜないとついてこられない。


そんな「常識分断」の一番わかりやすいのが、ボーカロイドだろうなと思う。


ネットに触っていない人は未だに知らないか、

「オタクが好きな合成音声でしょ?キモい」と言う。


ネット漬けの自称非リア充ほど

「最近の歌謡曲はダメだ!アニソンがボカロがいい!」と言う。


よく考えなくてもどっちも極端である。


知らない人は知らない人で仕方がない。

「オタクキモい」の理論は往々に理解できる。


しかし、何故「ボーカロイド」はよくて「歌謡曲」は嫌いなのか。



妹の学校で、昼の放送でボカロ曲をかける事が禁止になった。理由は「機械だから」「歌詞が分からないから」。そんな理由で禁止にして欲しくない。機械だって、人の心を打つ素晴らしい歌を歌うのだ。そんな偏見は、ボカロPやプログラマーに失礼だと思う。そういう誤解はやめてほしい。


そんなツイートが駆け巡ったのが最近だけど、

これは全く発言者の言うとおり、ボカロだからと言って偏見はよくない。


だけど、学校でボカロ曲をかけることは禁止されてもおかしくないというか

むしろ積極的に禁止してもいいと思う。


この妹の学校の明示した理由が頓珍漢で、本質を一切無視しているのも問題。


まず「機械だから」。

これでは打ち込み系のテクノ及び「コンピューターおばあちゃん」が流せない。

だからおかしい。


そして「歌詞がわからないから」。

これではほとんどの日本語以外の楽曲が流せない。

オペラのアリアなんて歌詞がわからないから積極的に推奨できないわけですね。



じゃ、何が問題なのかと言えば。


「大多数の人間が聞いて平気なのか」


そこに尽きると思うのね。



例えば歌謡曲は、まかりなりも「商品」だから毒にも薬にもならない代わりに、

誰が聞いても特に不快感を感じることはないだろう。


でもボカロ曲は、それこそ同人音楽である。

ある特定の層に受けるために作られている内輪楽曲である。


そして、その層以外が聞くと不快になる可能性が非常に高い。

実際昼休みに「はわわわ」とか「お前を殺しに行く」とかそういう歌詞を

流していいのかと。私だったら椅子ぶん投げるかな。


「そういうのは個人で楽しく聞いてくれ。みんな(大衆)に聞かせるものじゃない」



もちろん、それを言うなら「J-POPだって不快」と思われるでしょうが、

本当にそれは「曲が不快」なのだろうか?


自称非リア充の方々は、何でもメジャーなことにコンプレックスを

持っている場合が非常に多い。


だからJ-POPを学校で流されるとこういう思考回路になるのだ。


「あんたたちの『好き』の押し付けはやめて」


と、いうわけでいわゆるメジャーから離れたボーカロイド等を信仰するわけ。

いわゆる「中2病」って奴ですね。


彼らは本当に好きなものを「好き」と言っているのか、怪しいときがある。

それはコンプレックスの裏返しから来ているのでは、と勘繰りたくなるときもある。



結局「大衆(マス)」VS「少数派(オタク)」の対立構造なんだっていうこと。

ただ、最近はマスコミのオタク報道のせいで「マスオタク」が増えている。


自分が好きだから好きなのではなく、報道によってオタク化している。

特に自称アニメオタクにはそういう傾向がある気がする。

むしろ、オタク業界にそんな波がある気がする。



どっちにしろ、面白いものを面白いということだけが正しい気がする。

「あの子が好きだから」「あの子が嫌いだから」で好きなものを選択している

マスオタクは今後も増えていくのだろうか。



そうそう。

「自称非リア充」っていうのは、「彼氏(彼女)がいない人」のことらしいです。

よく使われる「非リア充」の定義とかけ離れているので「自称」と入れました。

「アタシ非リアだから~」と明るく話すわけです。

そして「リア充とか言葉使ってアタシオタクっぽいでしょ」アピールです。

それがマスオタクたちの実態です。


そんなマスオタクたちにとってボーカロイドっていうツールは

オタクアピールにちょうどいいものだったんでしょうね。


結局彼らにとって「いい曲だからボカロでも流したい」ではなく

「クソ一般人どもめボカロ曲でもいい奴あるんだよ聞け」っていう感じなんだろうな。



確かにボカロ曲にもいいのがあるけど、ダメな奴もあるのが現実。

それはJ-POPも一緒なんだけどさ。


でも、それは誰も論じない。

「ボカロにもいい曲はある!」か「ボカロなんて害悪」のどっちか。

中身を見て決めてくれよ。



結論①:ボカロだろうがJ-POPだろうが音楽には変わりありません。

結論②:結局皆「ボカロ」というブランドでしか音楽を見ていないんじゃないのか。


大衆にも理解を示さないと、自分の好きなものも理解してもらえないと思うんだけどね。

あたまいるか

林間学校でのこと。


隣に寝ているTがやたらとうなされている。



あまりにもひどいので起こすと、



「ひどい夢を見た」とのこと。



夢枕に老婆がたって、しきりに



「あたまいるか、あたまいるか」


と何度も聞いてきたらしい。




その話を聞いて、旅館の主人はため息をついた。


「また、出たんですね」



話によると、その部屋に泊まった客から


たびたび同じような夢を見たという話が上がっていたという。


「そっかー、俺もう少しで『いらない!』って叫ぶところだった」



それを聞いて、旅館の主人は怖さ半分安堵半分の表情を浮かべた。



「そうですか……これはここだけの話なんですが、


一度だけこの部屋に泊まられたお客様で


変な死に方をされた方がいらっしゃいまして……


その死体には頭だけきれいになくなってたんです。


そのお客様は、きっと『いらない』と言われたんでしょうね」

全身がしびれる

何やらしびれている。


頭までしびれている。



そうすると何も考えたくないわけで。


たぶん会話も微妙に成り立っていない。



帰ってきてからずっと寝てたけど


まだ寝てたほうがいいのかもしれない。



蚊に起こされたくないから蚊取り線香はしっかり焚いておこう。

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