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何を描けばいいんだか

一応それなりにブログを続けてきたんだけど、結局何を書いたらいいかわからなくなって放置しちゃう悪い癖がある。
ブログを一番最初に書いたのは7年前。でも社会に出る前に一回全部リセットしてきた。
それでこのブログも引っ越ししたりなんだりしたけど、結局方向性が定まらずにまた放置してしまう結果になってしまった。

だったらもう方向性なんて決めても仕方ないんじゃないかなとか思い始めた。
何かをするのにある程度の道筋は必要だけど、道筋に沿いすぎてもよくない。
とりあえず昔からの悪い癖の

・何か企画をやろうとして飽きる
・カテゴリを細分化しすぎて飽きる

これを無理に型に当てはめるのを諦めようと思う。
もう、徹底的に何か文を書くだけのスペースにする。

誰かに伝えようとかいいこと言ってやろうとか、そういう雑念も捨てる。
そういえば自分が本当にやりたいようにやったことってないかもしれない。
「こう見せよう」「ああしてやろう」と自由にやっては来たけど、真の意味で自分スペースは
ブログでは展開したことがなかったかもしれない。

飽きたら飽きたでそれまで。
誰かが見ているかもという思い上がりは捨てる。
そのスタンスでいこう。

そういえば掃除をしていたら「未来の自分へ」という手紙が出てきた。
中身はこっ恥ずかしいにも程がある黒歴史小説だった。
そんで最後に「これ読んで恥ずかしいとか思ってるだろ?だろ?」とあった。
最初からソレ目当てで書いたらしい。そういえばそんな記憶もある。
昔から根性が悪い奴だったんだなぁ。

そんな手紙のようなブログにすることを目標にしますです。

                                       ぜろすけ
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RAINBOW IDOL

初めてみんなと出会ったのは
汗ばかりの小さなライブハウス
メガネ越しのみんなの瞳は
きらきら輝いてた

それから毎日最前列で会えたね
生きる世界が違うこんな私に
みんなは優しくしてくれた

ごめんね事務所から怒られるの
私はアイドルの女の子
どんなに気持ちが高ぶっても
みんなと触れ合えない
ごめんね本音が口に出せないの
私はアイドルの女の子
決められた規則通りにしかステージで踊れない

でも伝えたいの この気持ち
「出会ってくれてホントにありがとう……」


初めてみんなに感謝したのは
センター決める総選挙
他メンに浮気とかしないで
私だけを見ててくれた

それから数年
みんながネットに書き込んだ
「年増劣化ババァオワコン」
みんなの気持ちは移ってた

そうよねロリには終わりがあるの
私はアイドルの女の子
どんなにみんなが大好きでも
年をとったらすぐ終わり
ごめんね ホントは夢を見てるの
私はアイドルの女の子
みんなとの幸せをちょっぴり
肌で感じてみたかった

でも覚えていてね 私の事を 
「愛してくれてホントにありがとう……」

原曲「RAINBOW GIRL」

テーマ : 2ちゃんねる
ジャンル : サブカル

今更だけど坊主謝罪は必要だったのか

今更ながら、「お泊り愛」が発覚して坊主謝罪した例の件について。
先にこの件に関する自分の立ち位置を明らかにしておくと

・世間一般の反応と同じで事件自体は非常に不快。
・何よりもAKBが日本のメジャーカルチャーになっていることが一番残念。

こんなところかな。

あの騒動から割と日も経っているし、議論はしつくされた感じがあるけど
「坊主謝罪は体罰じゃないのか」「アイドルヲタクの処女信仰はキモい」の他に
切り口を変えればこの事件はまだおかしな側面があることに気が付く。


例えば「お相手の白濱亜嵐(19)のお咎めはどうなるのか」。
戦前戦後の時代ならいざ知らず、現代では19歳と20歳なんて子供も同然だろうに。
峰岸嬢だけ糾弾されて、相手は謝罪コメントだけっていうのが気になるところ。

どこかでも言及があったけど
「本当に彼女が好きならかばってあげればいいのに」と思う。
「僕は真剣にお付き合いを望んでいる、恋愛禁止なんてしゃらくせぇ」とか
「誘った僕も悪いんで僕も坊主にします!」とか
彼のほうからコメントがあったのであればこの事件はまた違った方向に行っただろうに。
いわば当事者なのにまるっきり蚊帳の外なのがおかしい。
「それが芸能界という世界よ」と言われればそれまでだけど、
それにしても筋の通らない話である。

つまりもし恋愛関係にあったのであれば、
それまでの関係だったんだろうなということ。

ここで大事なのが「もし」恋愛関係にあったのであればということ。
「お泊り」があったのは事実だと思われる。
でも、それは必ずしも双方同意の懇意な関係から起こったのかということ。

そもそもお泊りの証拠が「写真」しか存在しないし、
二人が本当に恋愛をしていたのかがわからない。


≪ケース1:男が強引に誘った場合≫
結果は変わらないけど、ほぼ強引に連れ込んだって考えたっておかしくない。
何か弱みを握っていたのか、それとも「AKBをオとしてハクをつける」ためなのか
動機も考えようと思えばたくさん出てくる。
「お願い、一晩でいいから、先っちょだけだから(笑)」みたいな。
もしかしたら裏に黒幕がいて彼女を陥れていたのかもしれない。
何にしろ、断りきれないで女がホイホイ着いて行ったのがよくないんだけどね。


≪ケース2:女が強引に誘った場合≫
これもまったく可能性がないわけではない。
「ね、ね、一晩でいいから。そうしたら諦めるから」みたいな。
これもハタ迷惑な話であるけど、AKBを家に泊めることがどうなるかと
予想できなかった時点で完全に男側の負けだね。
本来なら「君の好意はありがたいけど、君と僕では身分が違う」とか言って
断っておくべきところだよね。


つまり、何が言いたいかというと「愛はなくてもお泊りはできる」っていうこと。
「恋愛=お泊り」になっているのが釈然としないところだね。


そこで大事なのが、過去の有名なフィクションにも恋愛に関する罪を犯して
頭を丸めた女性がいるってことですよ。

そう、源氏物語の女三宮です。

女三宮をざっくり説明するとこんな感じ。

・深窓の皇女様で、親子ほど年の離れた光源氏の正妻になった。
・子供めいた性格で、光源氏は持て余し気味だった。
・ある日、前から彼女を慕っていた柏木という若者に襲われる。
・びっくりして特に抵抗できなかった女三宮。そんで懐妊。
・罪の意識に苛まれ柏木は病気になり他界。
・光源氏はいろいろあって不義の子を黙認。
・女三宮も罪の意識で出家。

不倫して間男の子供を身ごもるという悲惨な話。
その罪の意識に苛まれ、男は死に女は髪を下すという結末。
ちなみに柏木は彼女の飼っていた猫を手に入れて溺愛するまで彼女が大好き。
でも女三宮のほうはうかつな女の子というだけで、特に意識していたわけではない。

そんな関係もナイとは言い切れずアリなんですよね。
もしかしたら今回の件も実はそんなところなんじゃないだろうかと思ってしまったわけ。

まとめると
・本当に「恋愛関係」にあったのかまるでわからない。
・責任を取るなら両人で。一人だけ吊し上げは醜い。
こんなところです。

アイドルの処女性とか、体罰とかそういうのよりも
根本的に報道が事実かどうか、恣意的に曲げられていないか見るのも大事ですよね。


そういえば合コンに彼女と同席していたメンバーも「柏木」って言うんだっけ?
そろそろキッチリ線を引かないと本当に死人が出るかもしれないよ、この件。

明日で二年

あの日から明日で2年。

早かったのか、どうなのか。
よくわからないけど、状況がどんどん気にくわない方向に流れているのは変わらない。


最近津波の映像や被災地の様子を流す前に「ショッキングな映像が含まれます」って断るよね。
あれ、逆にイライラするなぁ。
実際に津波被害にあってトラウマ抱えている人に向けてのメッセージじゃなくて、
「悲惨な現実」を受け取る気のない「安全圏」にいる気でいる奴ら向けなんじゃないかって。

震災前からあった傾向かもしれないけど、ドキュメンタリーを
「重いから見たくない」って耳を塞ぐ意見をわざわざ公言する奴が増えた気がする。
それこそmixi日記で児童虐待ニュースが流れるたびに「涙が出る」とか言ってる奴らと同レベルで、
高みの見物を決め込んでもいないとそういう発言は出来ない。

「重いから見たくない」ってさあ、それを毎日見ている人たちはどうなるんだろう。
毎日淀んだ気分で生きなくちゃいけないの? そういう「かわいそうな人たち」なの?
震災直後「被災者をかわいそうと思わないで」っていう呼びかけがあった。
それはどこに行ってしまったんだろう?

「復興が進んでいない!」「政府は何をやっている!」ってテレビで怒っている人たちも一緒。
「被災地の人はかわいそうだから代わりに怒ってあげなきゃ」って思っているのかな。
とりあえず瓦礫を撤去できたり、店を再開出来たり、少しずつだけど被災地は前に向かって進んでいる。
それをテレビで「まだまだ!」って否定されている。
うつ病患者に無責任に「ガンバレ!」っていう構造と変わらない。

生きているだけで丸儲けなんだよ。
住んでいる家があれば幸せなんだよ。
店に商品が並んでいれば豊かなんだよ。
毎日お風呂に入れるのも幸せなんだよ。

「被曝者」なんて罵られないのも幸せなんだよ。


もっと基本的なところにみんな還ってほしい。
唄歌ってロウソクともして「絆が大事」と言ってるだけじゃなくて。
「現実は辛い」なんて簡単に言ってる暇はない。

学校で勉強できる幸せとか、お給料がある喜びとか、外で自由に走り回れる楽しさとか、
そういうことをたくさん発信してほしい。

辛い出来事も大事だけど、そればっかり流しても目を背けちゃう人がたくさんいるから。
楽しいことも辛いこともどっちもあって、それが人間だから。



明日は静かに過ぎてほしいものです。
やかましいプロパガンタは、断固お断りです。

寝る前に読む話

 ある空が青い昼下がりのことだった。俺の相棒が空よりも真っ青な顔で現れた。

「おい、知っているか。この世界はベッドシーツに滅ぼされるんだ」
「気でも違ったのか? いきなり何を言い出すんだ」

 相棒は今にも泣きだしそうな顔をしていた。

「いいや俺にはわかるんだ、ベッドシーツは人間に悪意を持っている」
「ベッドに善も悪もあるもんか」
「それがあるんだよ。俺の話を聞いてくれ」

 俺は眉をひそめたが、それ以上何もしなかった。

「お前さんはベッドシーツがひとりでに歪むことに気が付いていたか?」
「確かに歪むことは歪むが、それは俺たちが寝返りを打つからでひとりで歪んでるわけじゃない」
「普通はそう思い込むんだ、でも俺は気が付いてしまったんだ」
「誰かが勝手にベッドシーツをずらしているって言いたいのか?」
「いいや、ベッドシーツそのものが動いているんだ」

 奴の妄言に付き合うのも疲れてきた。

「じゃあなんでベッドシーツは勝手に動くんだ? そいつの目的は何だ?」
「それはわからないが、俺の想像だとあいつらは人間を嫌っている」
「何故そう思うんだ」
「俺たちが毎日のっかかって重いだろうからな」

 奴の顔は青を通り越して赤黒く興奮し始めた。

「そうさ! 奴らは俺たちのことを飲みこむに違いない! そのために少しずつ動いて様子を探っているんだ!」
「いい加減バカな話はやめろ。変なクスリでももらったのか?」
「違う! 俺は正気だ! その証拠に早口言葉も言えるぞ! 彼女は海岸で……」
「もういい、お前は疲れているんだ。帰って休め」
「休めるもんか! もうベッドは俺たち人類の敵なんだ!」
「知るか! 勝手にしろ!」

 俺は奴を放っておくことにした。もう二度と顔を見ることもないだろう。

 家に帰ってから、俺は長年の相棒を失った悲しみに打ちひしがれていた。
「ふざけるな、ベッドシーツが俺たちを取って食うってか? 馬鹿馬鹿しい」
 そうつぶやいてはみるが、いざ気にし始めるとシーツの歪みが気になって仕方がない。
「これは自然と動いているだけだ、シーツが意志を持って動く? 有り得ない」
 確認するように声に出して、小さく笑った。
 声を出さないと、本当にシーツが勝手に動いているように感じてしまうのだ。
 結局その夜、ベッドに体を預けることができなかった。

 しばらくして、奴が消えてしまったという話を聞いた。
 確かに寝室にいたはずなのに、朝になったら煙のようにいなくなっていたと奴のおふくろさんが騒いでいたから間違いない。周りの奴らは不思議がっていたが、俺だけは奴がどこに行ったか何となくわかるような気がした。
 人間死ぬときは大抵ベッドの上だ。たくさんの死人を乗せていれば、それなりの良くない気がベッドに染み込んでいてもおかしくない。そして生まれた後もすぐベッドの上にいる。人間は生まれてから死ぬまでずっとベッドに頼っているのだ。ベッドなしで生きられる人間は、どこにもいない。故にベッドが反乱を起こしたら、人間は間違いなくベッドに滅ぼされる。

 そして最近、俺のベッドの様子もおかしいことに気が付いた。
 もし俺がいなくなったら、その時はベッドシーツではなく悪意ある毛布に飲まれたと思ってくれたらいい。
 
 もし奴や俺みたいになりたくなければ、ベッドシーツの歪みはこまめに直しておくことだな。

邪気がじゃきーん

「邪なる魂に聖なる一撃を」と言って10発ぐらい殴る必殺技を持つキャラならいる。

そもそも「よこしま」って何よって話。
縦縞と横縞とかそういう話ではなく、汚れているとかそういう感じの方向で。

辞書で引くと(僕らの新明解さん⑤版です)

よこしま「道理にはずれていて、正しくないこと」

とあります。そこで「道理」でひくと

道理「①世間で正しいと認めた、行いの筋道。
    ②(そうなるのが正しい、という)理屈。」


つまり、「世間で正しいと認められた行いから外れる」と「よこしま」なわけです。
逆に言うと「世間で認められたと決まったわけじゃない事柄」そのものは「よこしま」ではないのです。


だから、時代と場所によって「よこしま」の定義が変わってくるわけです。
服従が正しいのか、内部告発が正しいのか、裏切りは正義になるのか。

「よくないこと」はいつまでも「よくないこと」とは限らないよね。

「ねるねるねるね」からの知育菓子(1)

昨日お菓子売り場にこんなものを見つけた。

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あの「ねるねるねるね」のコーナーにこんなかわいらしいものがあっていいのだろうか?
それよりあの「三角カップで水を入れるシリーズ」らしきものが「焼き物」?

小さいころは奇怪なお菓子だと思っていたあの「ねるねるねるね」も30年ちかく前に販売されてる20世紀の代物だ。
21世紀に入って10年も経てばこの手の菓子だって進化してるに決まってる。




とにかくこれは買って調べるしかない。
ついでに近くの棚にある「粉と水でつくる怪しい菓子」シリーズを買い占めてきた。

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見てるだけで胸焼けがしそうなカラーリングだけど、後学(好奇心)のためだ。
パッケージを見ると、すべてに「知育菓子」と書いてある。
なるほど、作る工程を楽しんだり色が変わったりすることで子供の情操教育になる、ってわけか。

そういうわけで、どうやらクリエイティブなセンスを要求するモノも存在するので
まずは説明書どおりにしか作らなそうなものを作ってみよう。

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まずは箱を開けてみよう。

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どうみても寿司を作るっていうキットじゃない。

しかも「グレープ味」の寿司ってなんだ……?

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一番右がシャリ。真ん中のアヤシイ赤と黄色が卵とマグロらしい。
粉を入れてスプーンでかき混ぜているだけだけど、本当にできるのかな……?

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イクラを作っている。溶液の中に水滴を垂らして作るゼリー。昔こういうお菓子あったなぁ……。
ネタができたらシャリを4つに握って(ちぎって)盛り付けてみるか。

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あ、なんかそれっぽくなった!
これにネタを乗せたら……。
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寿司だ!スシだ!(グレープ味だけど)


この調子で他もどんどん作ってみよう!
次はこいつだ!

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めちゃくちゃ毒々しい色合いだけど、合成着色料などは一切使っていないそうです。
これは粉と水よりも、コーンとかウエハースとかのほうが主役かなぁ。
ウエハースが粉々になってさっきより難易度が高い

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さーて盛り付けるぞー。
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できた……カラースプレーとか……細かすぎる……。
苦労した割にはちっさくて達成感がない……。

長くなりそうなので(2)に続きます。

「ねるねるねるね」からの知育菓子(2)

「ねるねるねるね」からの知育菓子(1)からの続きです。

お次からクリエイティブが要求されてきます。

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かつての「すらすらキャンバス」が進化したような感じでしょうか?
色を混ぜて遊ぶらしいね。

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この液体をまぜこぜしていろいろな色を作るというわけだね?

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やばい、楽しい。

黄色と青を混ぜると緑になるとか、赤と青で紫とか、勉強になる部分もあるし
粉に対して水を入れすぎると失敗するから調節するとか、奥が深い。

proxy (7)

赤と青と黄色を全部混ぜると中央のアヤシイ色の音符になりました。
多少クリエイティブさは加わってきましたが、次に控える此奴にはかなわない。

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今までの菓子は粉と水で何やらするシリーズだったけど、今回は少し毛色が違う。

proxy (19)

シンプル! 一体何を作っていいのかすらわからない!
仕方ない! とりあえず頑張ってみる!

何を作ったのかは最後の写真で。

そして最初に紹介したこのパンダ。

特にクリエイティブの欠片もない粉と水を混ぜるだけのシリーズだけど、コイツの最大の特徴は

電子レンジで加熱すること

それに尽きると思う。

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てっきりチョコペンみたいなのが入ってるのかと思ったけど、チョコから粉と水で混ぜて作るみたいだ。

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そしてコレに生地をドン! それからチンすること1分弱!

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そして覚めてからシートをぺりぺりするとこんな感じ。

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思った以上にキレイにできたけど、ねりキャンで1時間くらい苦戦した後だから達成感がさほどない。
マニュアル通りに作るのは楽だけど、楽しさは自分で工夫したもののほうが上なのかな。



そんなこんなで今まで作ったのを並べてみたのがこちら。
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寿司にはしょうゆだれ(グレープ味)が付いていて、今回はそれがかかってます。
これ全部作るのにかかった時間はだいたい3~4時間。大の大人でも一人で楽しめる知育菓子すごい!

子供向けと思って舐めてかかると、意外と手先の器用さが要求される作業が連続して
世のお父さんお母さんは大変なことと思います。(特にケーキ)

もし手先や発想力に自信がなかったら、自由度が低い寿司やパンダあたりがおススメです。
そうでなかったらお絵かきグミやねりキャンは教材としても役に立ちます。
特にねりキャンはデコスイーツが好きな大人がハマるかもしれないので、注意が必要です。
(ケーキ? カラースプレー作業が大変じゃなければね)


proxy.jpg

ねりキャンで作ったのは16ピエジルでした。
ピエールの眉毛が下がってるのが気になるといえば気になるかもしれない。
身体をつくるあたりで集中力が切れて適当になってしまったのが残念。
今度作るときはもっときれいに作るからね。

クラシエのHP見ると、ほかにも知育菓子あるから発見次第買ってみようか。
「ねるね研究室」へ

※このあとスタッフがひとりでさびしく全ていただきました。
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ホラー雑感

 暑すぎて何もしたくないけど、無駄に思考だけは元気だから見切り発車のブログ更新。

 この時期は毎年ホラーもの見てウハウハしてるけど、最近ついにホラー映画でビビれなくなってしまった。5本くらいみても「こいつがラスボスだろう」とか「オチはこいつが死ぬ」とか、そういうことしか考えられないくだらない大人になってしまった。特に「輪廻」では女の子の霊が最初に出てきた時点でやらかした。読めるっちゃー読めるけど、頭空っぽにしてフィクションを読めなくなってしまったのが本当に残念。

 今のところ映画で一番怖いシーンは「羊たちの沈黙」のクライマックスかなーと。あれはコワイ。わかっていてもコワイ。雰囲気だけで余計なこと一切ないから怖い。逆に雰囲気を入れてしまうと怖くなくなるのが多い。

 そういうわけでついに「ホラーゲーム」の世界に突入してしまったわけなんですよ。
 一時期流行った「Ib」と「魔女の家」はプレイ済なので、有名どころをもっさり漁っていこうと思います。

 そういえばなんでこんなに「ホラー」にこだわるのか言及したことが一回もない気がする。実はちゃんとホラー好きには根拠があったりするのですが、今日は暑いのでまた今度。

 こんなふうに雑文で一貫性のある話を書かせるとめちゃくちゃなことしか書けない。夏のせいにしてはいけない。ひとつのテーマで筋道経った話のパーッとできるエッセイストはすごいなぁ。

 今冷房のない部屋に十分くらいいるだけで汗がダラダラ。これはまずい。
 即刻PCの前から離れるのが一番の夏対策だろうな。

過労

まさか本当に過労で病院に行く羽目になるとは思わなかった。

実際はフィジカル面だけでなくてメンタル面もダメージが大きくて、

・つまらないミスをする
・頭が真っ白になって集中力がなくなる
・訳もわからず感情のコントロールが出来なくなる
・無駄にダルイ、全身がしびれる
・お腹がすかない、食べ物の味がしない

こうなると発病一歩手前なので諦めて大人しく病院に行くか休暇を取るべきです。
「気の持ちようだよ気分転換♪」とか言われるかもしれませんが、気分転換して良くなるならとっくの昔に良くなっています。
むしろその状態でまだそういうことを言う人は要注意です。今後とも無遠慮発言をして更に追い討ちをかける可能性があるからです。できれば距離を置きましょう。

実際には裁判したら勝てるレベルのパワハラも受けているのですが、そいつはいろいろ落ち着いたら「残念人間コレクション」として面白おかしく茶化してやる予定です。

行けるところまでは頑張ります。メンタルはなんとでもなりますが、一番はフィジカルが持つかどうか。さすがに30日連勤とかもう辞めて欲しいんだけどね。

いじめ撲滅なんか学校では絶対無理 ~加害者サイドからのいじめ対策~

最近の過労状態で考えたけど、どう考えてもNH○とか文○省が行う
「いじめ撲滅プロジェクト!」とか「いじめをなくそう」とか、そういうのは限界がある。


まず、そもそもいじめを行う人たちにはいじめをしている自覚がない。

いじめられる側のことは置いておいて、いじめる側に回るだろう人間の要素を挙げてみるとこんな感じ。
被害者のケアも大事だけど、加害者を発生させないことも同じくらい重要だと思う。
集団心理がどうのこうのは置いておいて、「加害者になりやすいタイプ」を挙げてみる。


①家庭で日常的に暴力や暴言が使われていて、使用に抵抗がない場合。

②家庭で極度に何かを禁止されていて、目の届かない学校で腹いせをする場合。

③コミュニケーションの手段が乏しく、人を不快にさせることしかできない。

④ナチュラルに性格が悪い。人を傷つけるのが大好きなサイコパス

⑤無自覚な天然。無自覚に悪意を放つので本人は自覚ゼロ。



こういった要因の中で、素直に「いじめはダメ!」と言われて「ああそうか」になるのは
おそらく三番目の要因のグループしか当てはまらない。
つまり「構って構って」状態になっているので、その要因を取り除けば比較的容易に他人を攻撃することをやめるはずである。
(もっともその要因が家庭にある場合が多いのが難点だけれども)

ということで、残るのが


①日常的に暴力→父ちゃんも母ちゃんもやってるのに悪いことなの?

②腹いせ→だからやってんだよヴォケ

④性格が悪い→だから(ry

⑤無自覚→うんうん、いじめはダメだね!(反省しない)



④は仕方がないとして、こうやって見てくると①、②(複合的に見れば③も)の原因は家庭にあると判断できる。


①や②について述べると、インディアンが昔から言っているように
「批判を受けて育った子は 批判をしてます 悪口も言ってます」

インディアンうそつかない よいこになれる
(自分が知ってるバージョンと違うけど、いくつか種類があるのかな)


教育の問題を見ると、どうしても学校の問題のように見えてしまうけれども、
結構「機能不全家庭」の問題は大きい気がする。

①は児童虐待、所在不明の子供たち、親が進んで犯罪させる家庭など境遇そのものが悪い家庭。

そりゃあ親にタコ殴りにされているのに学校で「人を殴るのはいけません」なんて言われたら
その子のアイデンティティが傷つくわけですよ。

ちなみに子供の発言は大体親の発言を真似して出てくるものなので、
「うるせー」「死ね」等の暴言を日常的に使う子は本人がかけられてる可能性が大です。
「そんな汚い言葉は使ってはいけません!」というのは逆効果の可能性があります。
まだ話せばわかりそうな親御さんにはそれとなく伝えるのがいいかもしれません。
(話してわかる奴なら最初からそんなこと言わないという考え方もありますが)


②は過干渉、過度な期待の押しつけ、または「叱らない子育て(笑)」など発達を度外視した躾によるもの。


②はちょっとイメージがしにくいけれども、このケースでは他人を受け入れることが難しくなる。
「○○ちゃんはゲームに詳しい」「うちはゲームをする奴は叩かれる」「よって○○ちゃんは叩いていい」
ちょっとオーバーだけど、だいたいこのような思考回路になる。

ちょっと変えると
「ママは必ずおしゃれするのがいいっていう」「○○ちゃんはおしゃれしない」「よって○○ちゃんは(ry」
これは小学校高学年の女児にありがちないじめのパターンなのではないだろうか。

こういった子に無視をしたりモノを隠したりした理由を聞いても
「おしゃれをしない子は正義ではないから」という大人が聞いたら理不尽な回答しか返ってこないだろう。
しかし本人たちは大真面目で言っている。なぜなら、絶対的守護者である両親の価値観を否定してしまうから。

しかもこのパターン、最悪なことになると教師もその価値観に乗っかって
「おしゃれをしないあなたが悪いんですって。少し髪を切ったらどうかしら」
とか余計なことを吹き込んで子供の自尊心を傷つけるスパイラルが発生するから危険。
(どうでもいいけど、不潔だからいじめられるっていうのもある意味家庭の問題だよね)


どうにもいじめという問題は「学校」だけに責任があるようになるけれども、
実は「家庭」の問題でもあるんだって、そろそろ認識したほうがいいんじゃないかな。
子供の鏡は先生ではなく「親」なんだよ。
「親」がいじめをするように仕向けている家庭も広い世の中にはたくさんあるんだよ。
そこを無視して「いじめバイバイ」とかきれいごと言っちゃいけないよ。


被害者ケアでよく聞く言葉が
「あの子は心の貧しい子なの。あなたは強いから、乗り越えられるよね?」

これって、結局加害者のメンタルが家庭に起因しているけれども、家庭には関与できないから
被害者に我慢してねっていうポージングなんだって最近わかった。
これ、被害者からしたらたまったものではない。
誰も味方になってくれないって、こじれて誰とも関わりたくないって思っても仕方がない。

片親しかいない家庭もあれば、親が借金してて夜逃げしている家庭もある。
兄弟間で差別されていて軽んじられている家庭もあれば、親の人形みたいになっている家庭もある。
もちろん全てにおいて恵まれた家庭も存在する。

だからこそ、「みんながいていい居場所」を作る必要がある。
機能不全家庭で育った子は、家庭に居場所がないから、不器用なコミュニケーションしか取れない。
そこをうまく「あなたはここにいていい」と自己肯定に変えてあげる手段が必要。

教室いじめ特有の「いじりという名の悪口の共有」なんて
他の場所では認められない子供たちの立派な居場所なんですよ。


というわけで家庭の話おしまい。

いじめ関連の児童書と言えば名高い「ハッピーバースデー~命輝く瞬間(とき)~」ですが

ハッピーバースデー 命かがやく瞬間(とき) (フォア文庫)


こいつは事象のつなぎ合わせで機能不全家庭を書こうとして書ききれてないし
「いじめはよくないと思います!」って言わせたいだけの本なのでできればこっちを読んでほしい。


わたし、五等になりたい! (てのり文庫)

障碍者の話がメインだけど、集団心理から根本が機能不全家庭であることを明らかにして
さらにそれを乗り越えるというスバラシイお話。
いじめの加害者を叱らず、②や③に該当することを見抜き、さらに被害者家庭の機能不全も見抜いて行動する。
この先生は出来る先生。


んで、④、⑤のタイプの場合。
これはどうしようもない。④はケースが少ないと思うぶんある程度マシ。

それで⑤。こいつは本当にやっかい。
そもそもなんでこんな記事を書こうと思ったかというと、
この⑤の存在が「体罰」や「過労自殺」や「体育会系の暴力問題」など
いろんなところに波及しているんじゃないかと思ったからなんだよね。

そもそも自覚がない。
自分が行った行為が相手に対してどういう結果を得るのかを理解しない。
これが子供のうちは「あのおじさんどうして道路に寝てるの?」で済んだのが
大人になってもそのままで「あの人どうして暗い顔してるんだろう、わかんないなぁ」になったりする。

実際自分でもパワハラを受けてみて、感じたのが
「この人たちは本当に悪気がなく悪意を垂れ流すんだ」ということ。
それはコンプレックスに起因したり、本気で冗談を言っているだけなのだ。
こればかりは感性の違う人間として諦めるべきなのかもしれない。

だからひとつひとつ事象を挙げて「こう言うとよくない」「こうすると相手は傷つく」とか
本当に教えてあげないとわからない。
「えー、私は平気だよ」「そのくらいで傷つくとか弱いじゃん!」とか言っても教える。

本当にこれは根気がいる指導だと思う。
「いちいち命令しないで、うるさい!」「どうせ私なんか何したって怒るんでしょ!」とか
最終的に心を閉ざしてしまう可能性もあるので難しいところだけれど、
たぶんこのタイプを野放しにした結果がブラック企業の上司だったり、自称天然の迷惑ママになったりする。


というわけで提案なのですが、もう「いじめ」はやめませんか?
こういった人たちははっきり言わないと理解できません。

「暴行」「恐喝」「人権侵害」「窃盗」「名誉棄損」

言葉が子供にはむずかしいのであれば

「暴力」「脅し」「盗み」「精神的人殺し」などはっきりした言葉にしないと理解できない。

「あの子はいじめっ子だ」ではなく「あの子は人を殴る」「隣のクラスの子はモノを盗む」
「あの子に近づくと精神的に殺される」

傷つく、なんて言葉ではおそらくダメなんだと思う。
過激かもしれないけど、オブラートに包んで解決できるなんて多分無理だと思う。

子供だからって糖衣つきの薬だけ与えていると、大人になって苦い薬を飲まないどころか
キャンディを薬だと思って舐め続けて悪化してしまう、みたいな。


むかーし昔に「いじめをなくそうシンポジウム」みたいな場所に
学校代表で言って発言したことがありますが、その原稿も教師に書かされたのを読んだだけだし
内容も「みなであいさつをしてえがおになります」とか、そういうことだった。

学校でも家庭でも笑顔になれない子供は、どこで笑顔になればいいんだろう。
いつも親がするとおりに喋ったら叱られた、ウチっておかしいのかな?
あいつはお母さんがいるのに、なんでウチにはいないの?

そういうのすっ飛ばして「えがおに」なんてなれるわけがない。


笑顔になる必要もないし、無理に友達になる必要もない。

ただ、居場所だけしっかり作ってあげないと、ある突然グレたり引きこもったりしちゃう。


そういう個人的なケアまで考えてやって改善したケース、どこかにないかなぁ。
間違いなくTVに出せるような「形一辺倒」な改善法は、上記のとおり誰かが無理をして
「解決」したことにされている場合が多いから。

今朝見た夢

あまりにもリアルな夢だった。
これからの人生を暗示しているのかどうか、よくわからないけど多分一富士二鷹的な夢。


競馬場にいて、最後のレースを見守っている。
ゲートが開いて、一斉に走り出していく。
途中まで普通にレースは進むんだけど、最後の直線に入る直前で一頭がスパートをかけてきた。

そのスパートのかけ方もグングン伸びていく感じではなく、
ぐいっ、ぐいっと一頭一頭抜いていく感じ。

最初は真ん中より後ろにいた馬だったのに、気が付いたら一番先頭を走っていて
そのままゴールイン。

大穴だったらしく、配当がものすごい金額に。
翌日のスポーツ紙も一面を飾る大活躍。


ただ、その馬の名前が私の名前なのよ。

父が新聞買ってきて「○○はやかった」「幸運の○○が手にするオッズが何倍」とか
そういった見出し見せてニヤニヤするんだよ。


そういう変な夢。

吉兆のシルシだと思っておく。

ブログのタイトルってどうなんだろうね

「生物以上人間未満」


言葉の響きだけで何となくブログタイトルにしたけど、

なんとなく非常にダッサイ気がしたので変えたいなーと思うけれども、

一体どうすればいいのか皆目見当がつかない。


「メインコンテンツを決めてそれに由来するタイトルにすればいいよ!」
→たぶん好き勝手なことばっかりになるからメインが何かよくわからない。

「自分の好きなものをタイトルに入れてみれば?」
→うーん、好きなものってなんだろう?

「昔書いたコピーもってくればいいじゃん」
→それだ!


……で、どうしよう?

ハッカ味の海

黄色い日差しがガラス瓶を虹色に染める頃
アトリエの窓からビー玉が転げ落ちた
ラムネの瓶に落とす色は
赤と青と水の色


イチゴで書いた手紙はあの子の元へは届きませんでした
紙飛行機にして 階段の上まで投げたら
もっともっと遠くへ行くように
たくさんの色も連れて行きました


君が描いているのは海辺の少年
海を見て海を描きたいのに
ここには海がない ガラスに浮かぶビー玉ばかり
雨が降れば 海が遠くなる


今日も描いている海辺の少年
砂浜に築いているのは砂の城
打ち寄せる波に崩れそうな少年の夢
夢を見ながら流される


五線譜の束を持ってやってきたあの子は
ついにコンサートを開けませんでした
楽譜が黄色い日差しに溶けてしまって
一緒にパンケーキにしてしまったのですから


海辺の少年は黄色い壁から外に出られなくて
砂浜へ行くこともできなくて
ただ白い椅子に座って水の音を聞きながら
何度も水をキャンバスに描くことしかできないのです


もしも私が大人になっていたら
もっと臆病だったなら
こんなに溶けるような日差しの中にいなかったのに
砂浜すら黄色に染めてしまうような灰色の壁の中に

「鬼から電話」が来たら怖いか。

「鬼から電話」というアプリが話題みたいだ。

コンセプトとしては、言うことを聞かない子に「鬼が来るぞー」っていうアプリ。

これだけ聞くと「なんだかわいいなー」って感じなんだけど、
「ちょっと怖すぎる」という話を聞いてさっそくインストール。
(実際に使う予定なんてないよ!)







予想外にホラーだった。








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これはこどもトラウマになるわー。
ちなみに音声付がyoutubeにあったので一応。




これはこどもトラウマになるわー。(二度目)




……でも、「トラウマになるからやめろ」っていうのも違う気がする。
得体のしれない怖いものが、やってくるかもしれないという経験は大事な気がする。

自分の小さいころも、ポップコーンのおじさんが怖くて
(詳細はこちら)
「ポップコーンのおじさんが来るよ」って言われていたっけ。

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子供にとっては、世界は自分を中心に回っているから
こういう得体の知れないものはみんな「怖いもの」って思っている。

実際社会に出たら他人なんてみんな「得体のしれないもの」であるし、
ある程度の恐怖と畏怖が混ざった感情がないと、他人の痛みのわからない人間になってしまう恐れがある。

もちろんやりすぎてもいけないけれども、
ある程度「この世には自分ではどうしようもできないことがある」って知っていたほうがいいと思う。
この現代社会で、夜の闇はなくなってしまって本能的に「怖い」と思うことが減ってしまって
ある意味「怖いもの知らず」の人間が増えているんじゃないかなぁ。

「地獄の本」が売れているのも、人間は本能的に恐怖を回避しようとして
恐怖に関する情報を欲しているからだと思うんだよね。


絵本地獄―千葉県安房郡三芳村延命寺所蔵絵本地獄―千葉県安房郡三芳村延命寺所蔵
(1980/08)
白仁成昭、宮次男 他

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地獄の本とは違うけど、「悪魔のダンス」という本の「地獄の悪魔」ってところに
とってもいいことが書いてあって、割と人生の教訓にしている。

'宗教あるところに地獄あり。天国を語るよりも地獄を語った方が、人は改心します。
人間は怖い思いをしないと、反省しません、学びません。‘



悪魔のダンス―絵の中から誘う悪魔悪魔のダンス―絵の中から誘う悪魔
(1996/06)
視覚デザイン研究所・編集室

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「怖いもの知らず」が一番怖いお化けってことで。


そうモンスターズユニバーシティでも言ってた(言ってない)。

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中高生の作文にありがちな3つのムカつく表現

仕事柄ハイティーンの書く「正式な」文章をよく読む。
もちろん妄想小説だの中二小説だのも割と見るけど、「ちゃんとした」文章も見る機会が多い。

そこで、「作文で出てきたらムカつく表現」をリストアップしてみる。
何かの志願理由書だったり、コンクールに応募する作文だったりにこういった表現を使うのはやめたほうがいい。
理由は各項目で説明する。


① 謎の問いかけ

問:環境問題についてあなたの身の回りの出来事をひとつ取り上げ、対策を○○字で書きなさい。

 あなたは地球が日々温暖化しているのをご存じだろうか。



誰だ、誰に向かって問いかけているというのだね?
出題者はそんなの知っているよ、バカにしているのか!???


義務教育では「特徴のある表現は読む相手の心をつかむので良い」みたいなことをほざくけど、
その「特徴ある表現」をみんなが使いだすと陳腐になるんだよ。
むしろ「俺はやってやったぜ(ドヤァ」という感じがスケスケになるのでマイナスです。
比較的真面目な優等生が多用するので、真面目な人は気を付けよう。



② 会話から始めればいいという風潮

問:最近の失敗談を一つ上げ、どうすれば失敗が防げたか○○字で書きなさい。

「お兄ちゃん、またお風呂のふた開けっ放しだよ」
 また妹が大きな声で風呂場からどなった。何でもやりっぱなしは僕の悪いくせだ。
 この前はその癖のせいで大変な失敗をしてしまった。



……妹のくだりいらねくね?
本題に妹まったく関係ないし、なんでわざわざ冒頭をカギカッコにしたがる奴が多いんだ!???



これも「会話から始まる作文は読む人の心をつかむので云々」という思想に乗っ取って書かれている。
さっきも述べたように、「特徴があれば心は掴めるけど、みんな同じ表現してたら陳腐」の原則がある。
「お前の考えることはみんな考えること」という思考回路が存在しない中学生までなら許せるけど
こういった作文を書きなれていざ実践編になると、変な癖が抜けなくてアホな書き出しをしちゃうタイプがいる。

一回くらいこういうのがあれば「お、変わってるな」と思うけれども
それが数十人くらい出てくるとウンザリ以外の何物でもないよ。

小学生の時、「好きなことわざを調べて発表しましょう」というとき
クラスの半数が「猫に小判」と答えたということがあり、担任が「それは悪い意味なの」と怒ってた。
何故そうなったかというと、単純に前の時間に習ったことわざがそれぐらいだったからである。
つまり悪い言い方をすると、「バカの一つ覚え」という奴である。

この「書き出しは会話文で始めよう」も同様の匂いがする。
よっぽど文章に自信がある奴以外、会話文で始める作文はやめたほうがいい。


③ 結論がない

問:この講義を聞いた感想を書きなさい。

 先生は~と言っていた。それを聞いてなるほどと思った。そして~は~ですごいと思った。
 この講義はためになった。おわり。




その「ためになった」部分について詳しく聞きたいんだけど!!??
先生の話なんか出題者も把握してるんだよ!!!!



この「結論がない」タイプの作文は比較的作文をに苦手意識を持っている子が書きやすい。
更に必死に字数を水増しようとして句読点をむやみやたらに打っているのも多い。
無理矢理書いているから仕方がないと思う反面、もっと義務教育で作文作法を学んでいれば……と思うこともある。

単純に「ためになった」が感想なのであれば、最初に「ためになった」を持ってきて
「どこがためになったのかというと、~なところです」と直すだけで立派な文章になるのに
「思ったことは時系列で書かなければいけない」という脅迫概念でそれが出来ない子が多い。
作文の「はじめ」「なか」「おわり」を知らないという子すら多いんじゃないだろうか。

こんなんで、報告書の文章とか書けるんだろうかと心配になる子も結構いる。


教育再生会議で図れるなら、もう少し義務教育で作文の「型」を教えようという方向に行きませんか?
せめて「文章構造」くらい出来るようにしてもらいたい。
結論を先に持ってくるという操作をするだけで、志願書や小論文は格段に良くなる。
良い文章が書ければ、日本人の作文嫌いも少し減るだろうにという思いを抱えながら
また会話始まりや謎の問いかけと戦っていく所存です。



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かけ算の順序とか数学の問題じゃないし

各地で定期的ににぎわっているかけ算順序問題。
数学は「a+a=2a」でつまづいた自分が言うのもなんだけど、
一応見解を置いておこうと思う。

ただ、数学的な問題ではなく、実際に小学生に教えるとすればという視点です。
数学的な解説を求めていたらガッカリします。



①「3個が4つと4個が3つが違うのはおかしい」

自分が昔に実際に読んだかけ算の本にはこう紹介されていた。


前提「家族にりんごを3つずつ持って帰ろう」

男の子「僕は5人家族だから3×5だ!」

女の子「私は4人家族だから4×3ね」

先生「それじゃあ3人家族に4個ずつになってしまうよ」

女の子「あら、前と後ろに意味があるのね」


こんな感じでアッサリ紹介程度で終わっていたし、
話が進めばすぐに「前後を入れ替えても答えは一緒だ!」と気が付く。
大人ならばある程度話が通じるが、問題は相手が子供だということだ。

これを10年も生きていない子供に教えるということは相当のことである。
もちろんすぐに理解する子もいるだろうけど、理解できない子もたくさんいると考えられる。

単純に、この時期の子供は年齢的に「抽象化」ということができない。
(自分はできた!というのは大体自意識過剰か気のせいです)
実際に指で数えられない数を計算するのは小学校中学年になってから。
それまでは目に見える数が全てで、足し算をするときも頭の中にりんごを思い浮かべている状態。
このくらいの子供が「たくさん持ってる=百万枚持ってる」という言い回しをするのも、
「百万」という数が実際にどのような数かわからないから「とりあえずたくさん」くらいの意味で使っている。

さて、目に見える数が全ての世界の子供たちにとっては上記の本のように
「3個が4つと4個が3つ」はまず現象としてイコールにならない。朝三暮四の猿と一緒である。

この操作ができないということは、まず理解が追いついていないと考えるほうが妥当ではないのか。
「数字?適当に並べりゃいいんだろう?」とやってしまえばこれは後々苦労する。
最初に「意味は違う」と教えてから「でも結果は一緒だね、面白いね」と持っていくのがスマートだと思う。


ちなみに自分は「どっちも一緒じゃん」と深く前後を考えていなかったので「割合」でつまづいたのでした。


②「答えが合っているのに×というのは不条理だ」


この問題は多かれ少なかれ、小学校の学問全体に関係してくる話で、
何故×になるかというとただ「交換法則を習っていないから」に集約される。

小学校という世界は大人の世界と違う不思議な世界で、
確かにそこにある現象も「習っていない」ということでなかったことにされる世界だ。

例えば名前の漢字。習った漢字しか書けないということで
「すず木けん一」とか漢字かな交じりのアヤシイ名前になったりする。
もちろん、これにも根拠がないわけじゃなくて
しっかり学習する前に自分で独学で身に着けたものは間違いを訂正するのが困難というところにある。
たまに微妙に漢字が間違っていることを指摘すると「母はいつもこう書いていた」という人がいる。
学校の書き方が全て正しいわけではないが、明らかに間違っているものは困る。
それをある程度統一しているのが小学校の教育なのだけれど。

かけ算も単に「交換法則は習っていないから×」にしている先生もいるかもしれない。
先生としては最初に「式の前と後ろに意味があるのですよ」と教えたいところでも
「塾でそんなの関係ないって言っていたので先生はうそつきです!」とか子供が言い出したら
とてもではないが授業にならない。



③「正解に×をつけると算数嫌いの子が増える」

なんか、この理屈が一番好きじゃなくてこんな記事を書いている。
それこそ「根拠は?」と問いたくなる。

正直、算数嫌いは別に×をもらったから嫌いになるわけではない。
×をもらうのが嫌だから勉強をしないのであれば、それは何の教科でも一緒だ。

例えば数年前の社会で「鎌倉幕府は1192年じゃなくて最近の研究では1185年です」と書いたり
例えば数年前の理科で「冥王星は惑星と定義するのが難しい」と書いていたら
先生はもちろん×をつけるだろう。

それが今では「正しい」と思うことでも、教科書通りに解答を書くというのが小学校の勉強。
まず大人が「こうだ」と言ったことを「こうだ」と繰り返すことが大事であって、
「こうだ!」に対して「嫌だね!」というのは通用しない。

それが義務教育のあるひとつの目標でもあるし、「嫌だね!」がしたければ高等教育に進むしかない。

意外と「人の指示通りに動く」というのは大事なスキルで、
例えば仕事で「取引先からこういう指示が来たのでやってくれ」と企画を渡された時に
「この企画ではダメなので僕が考えた案でやりました」と言って喜ぶ人は、まずいない。
「指示通りにしましたが、こういう改善案がありましたがどうでしょう?」が正しい大人の対応。

もし「×をもらって萎縮する」ような子がいるのであれば、萎縮させる環境が悪いと思う。
これが入試や重要な成績判定に繋がるのであれば考えるところだけど、
「教室は間違うところです」を実践する格好の場ではないだろうか。

何故×をもらったのか先生と話し合ったり、自分で本を読んだりして
そうやって「学び」って培われていくと思うのですが。



※以上が建前だけど、それができる小学校教師ばかりだったらこんなに大問題になっていないというのが不条理。


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ジャンル : 学校・教育

「かぐや姫」に期待していること

ついに今日から「かぐや姫の物語」が公開です。


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実をいうと「風立ちぬ」よりもこちらをかなり期待していました。
「風立ちぬ」は「話題になってるし、見ておくかな」くらいのノリで見に行ったのに……

このザマでした。

ノーマークにグサっとやられる人なので勝手に期待度高くしておくと
ガッカリだったときのショックが大きいのですが
「かぐや姫」に「罪と罰」がくっついている時点でテンションHIGHマックスです。

「竹取物語」ではかぐや姫がやってきた理由を詳しくは説明していません。
天の使いが翁に向かってこう言います。

「かぐや姫は、罪をつくり給へりければ、かくいやしきおのれがもとに、しばしおはしつるなり」
(かぐや姫は、罪を犯しなさったので、このように卑しいお前の元にしばらくいらっしゃったのだ)

そして天に帰るかぐや姫にはこう言います。

「壺なる御薬奉れ。きたなき所のものきこしめしたれば、御心地悪しからむものぞ」
(壺に入っているお薬を召し上がりなさい。汚い場所で過ごしたので、ご気分も悪いでしょう)

原文だけを読むとかぐや姫の罪が何かわからないけれども、
天人にとってキッタない地上で過ごすことが罰に相当するようだ。

更に、天の羽衣を着ると感情をなくしてしまうので
地上の心があるうちにおじいさんとおばあさん、そして帝にお礼を言いますが
その間天人は「じれったい」と思います。
その後、かぐや姫は天の羽衣を着て帰っていきます。
かぐや姫は不死の薬を渡しますが「彼女のいない世界で生きていたいと思わない」と燃やしてしまいます。

こうなることも含めてがかぐや姫に対する「罰」らしいです。

汚い=感情ということなのでしょうか。
確かに妬みや憎しみと言った悪い感情も存在するけれども、良い感情もたくさんある。
ただ、それを手放さなければならないとしたら?


大好きな人を忘れてしまうことほど、辛いことはないでしょう。


何がすごいって、これが描かれたのが1300年前だっていうこと。
どれだけ時代を先取りしていたのだろうか。

というわけで、この画期的なアイディアを高畑勲がどう料理するのか興味シンシンなのです。
楽しみだぁ。


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テーマ : ジブリ
ジャンル : 映画

思いのほかカタかっただけさ

~(前奏)~

ケーキ前にした喜びに
おまえの緩んだ頬が綻んで
そうさ ハッピーバースディ
おまえの望んだ夢叶えるよ

ふんわりした感触
とろとろの笑顔
期待した俺が甘かった
ケーキ屋のオヤジのばかやろう

そうさ

思いのほかカタかっただけさ
グズグズに崩れたケーキも
思いのほかカタかっただけさ
火の通り過ぎたこのチキンさえも

~(間奏)~

そうさ甘かったのは俺のほうさ
ゆで足りないポテトみたいさ
ふにゃふにゃはいけないことだって
俺の母ちゃんは言っていたけど

そうさ

思いのほかカタかっただけさ
世間の常識は意外と冷たい
思いのほかカタかっただけさ
おまえの心も崩れたケーキも

思いのほかカタかっただけさ
甘いやつはいつか後悔する
思いのほかカタかっただけさ
おまえの笑顔と引き換えだったさ


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テーマ : 詩・ことば
ジャンル : 小説・文学

小説を書く上で必要なひとつのこと

 なんつーか、ネットが普及して「小説」の意味が変わってきてしまっている気がする。

 「妄想」と「小説」は違うのだよ。
 渋谷の交差点のど真ん中で拡声器で叫びたい気分だ。


 たしかに小説の始まりはほとんど全てが「妄想」からスタートしている。でも、それを生のままで出すとよくない。「こちら気まぐれシェフのサラダです」と言われて丸ごとレタスを出されても気まぐれすぎて困るのではないだろうか。妄想をそのまま文章にして出す、というのはそういう状態である。もちろん飢えた人の前で調理するのは野暮だからホモォな感じの人たちは丸ごとレタスをかじっていてもいいと思うし、その状態で満足ならそれでもいいと思う。

 でもせっかく看板掲げて小説書くのなら、きちんと調理した料理を出そうよとは言いたい。それでは「妄想日記」と「小説」をどうやって見分けるかというと、割と方法はカンタンである。

 書いた作品を、友人に見せて批評を聞きたいと思うかどうか。

 それに尽きる。もちろん「面白かった」以外の感想は受け付けないというのではない。いわゆる「ツッコミ」を受けて直せる自信があるかどうか、それが大事だと思う。できれば現実世界で関わりのある文芸に理解のある人に見せるのが良い。ネットだと批判だか何だかわからない感想であんまりよくないと思うし、結局バーチャルな感想だからイマイチ骨身につかない。実際に聞いたほうが最初のうちは勉強になると思う。

 小説を書くということは人間の内面を覗くことに近いと思う。自分一人の内面を映していたのでは、決して面白いものは書けない(たまにそういう人もいるけど、そういう人は化け物レベルの天才だから自分を天才と思い込むのはよくない)ということを自覚して、誰かの意見を聞き入れることが大事であると思う。「あ、そういう視点もアリか!」とその作品の手直しをしたり、次回作に生かしたり、そういうことが出来なかったり傷ついていたりするということは「妄想」を否定された、と悲しむことに他ならない。

 人間ひとりひとりには価値があるんだろうけど、自分に価値があると思っている人は基本的につまらない。つまらない人が書く文章が面白かったためしはあんまりない。つまらない人間はどうすれば面白くなるか? 多角的に人生を見つめなおすことが必要だろう。人生の側面をひとつで決めないで、いろんなものに触れてから「小説」を書いてほしいし、「妄想」のままで終わらせているのを「小説」と呼んで満足しているのもくだらないことだと思う。せっかく面白い才能があるのに、ヌルいネットの世界でぐだぐだしている人を見ると歯がゆくて仕方がない。

 あと、批判するのは批判される覚悟がある奴だけだと思っている。ネット安全圏でグチグチ言ってるのは基本的に批判じゃなくて愚痴だからスルーしましょう。そういうスキルを身に着けてからなら、ネットの批評を聞くのもいいんじゃないかなぁ。

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テーマ : 物書きのひとりごと
ジャンル : 小説・文学

今年よかったなぁと思うコンテンツ2013

 2013年も残すところ数十時間になりました。
 ここで個人的に今年ヒットした作品で感性を揺さぶられたモノを振り返ってみましょう。


「泣くな、はらちゃん」


泣くな、はらちゃん シナリオBOOK (日テレbooks)泣くな、はらちゃん シナリオBOOK (日テレbooks)
(2013/03/23)
脚本:岡田惠和、漫画:ビブオ 他

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 ここ数年の民放ドラマで一番のヒットです。毎週欠かさず見るなんて本当に久しぶりだった。長瀬君はいろいろ常人離れした役をやってきているなと思っていたのですが、まさか漫画の世界の人間をやるとは思っていませんでした。

 「自作の二次創作漫画の主人公が飛び出してくる」という設定もぶっ飛んでいますが、萌えハーレム的なものをを期待して見るとかなり裏切られること間違いなしの作品。意外と哲学的なのです。




「働くということは、生きることです」

 この考え方が好き。「アンパンマンのマーチ」の答えを一瞬で出してしまいました。はらちゃんおそるべき。
 何のために生まれて、何のために生きるのかと問われて、「働いて、世界と両思いになる」と
 定義づけてしまったこの深すぎる哲学をさらっと土曜の9時に放送したとか信じられない。

「殺すしかないね!」

 ユキ姉の決め台詞。何か面白くないことがあればとりあえず「殺すしかないね!」。
 ところがこの台詞が後半意外なところで響く形になり、いろんな意味で涙を誘ったのです。

「言葉は神様から頂き、そしてメロディーは悪魔さんから頂きました」

 主題歌「わたしの世界」が出来上がった経緯を説明した言葉。
 ドラマを最初から見ていれば「そうだね」というシーンも、角度を変えればどう見てもロックです。
 多分、この世界全部そうなんだと思う。


「風立ちぬ」



 こちらで多く語ったので、あんまり語らないけれども「人間の業」と向き合っているなぁというのが素直な印象。
 評判悪い庵野監督の声も、「生」っぽくて逆にいいなと思いました。
 人間の声って、私たちが思っているより普段は棒なんですよ。


「キルラキル」



 「面白い」言うから見てみたら、意外とハマってしまった。
 原点回帰みたいな昭和のアニメのドタバタに無駄なお色気シーン、わかりやすい一話完結。
 やっぱり「わかりやすい定番」という路線は大事だと思う。
 今のアニメって複雑に伏線をはればオトナと思っているところないだろうか?
 そして「とりあえず女の子出しておけ」と思っていないかな?
 そういうのを求めていない人が安心して見られるアニメです。
 
 振り返って気が付いたのが、「はらちゃん」も「キルラキル」も意図的に古臭く作った作品だったということ。
 昔からレトロフューチャー大好きで小松崎茂とか好きなあたりの何かを抉ってくるのかもしれない。

 参考:こういう世界が好きです。
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 人間性がよくわかった1年でした。来年も素敵なコンテンツに出会えますように。

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文章雑談

 最近レビューも一定の型を作ることができてきて、文章にも少し自信がついてきたので2010年代の記事を読み返してみました。

 なんだこのガキンチョは。誰だこんな駄文書いた奴は。

 前は某サイバーなんたら系の会社でブログやっていたのでその雰囲気に流されてああいう文体になっていたんだろうなと思うと、やっぱりお引越しして正解でした。それよりも文章で何かを伝えようという気概があまり感じられない。いろいろ感覚的にマヒしていた時期だったので仕方ないな。というより、年を取ったという方が正しいのかもしれない。

 文章を書くときに「想像力」が大事なのは周知のとおりだけど、その想像力も運動神経みたいに「持続可能な想像力」と「瞬発性が求められる想像力」と二種類必要な気がしてきた。「瞬発性」のほうは必要な情報をうまく文の中に織り込む、いわば技術力でこれがないといくら文を書いても説得力に欠けてしまう。もうひとつの「持続可能」は、とにかく長い間創作や探求を行って、下地を身に着けていくこと。一発ネタで終わらない息の長さが大事である。

 前述の昔の文章に圧倒的に欠けているのは「持続可能」のほうで、ただ思いついたことをダラダラ並べているだけでは面白味も何にもない。でも、それが積もり積もって整然と並ぶことがあると、それはそれで面白いものが見えてくるときも非常に多い。要はやったもん勝ちである。続けることに意義があるのは本当にその通りだと思う。

 ただ続けるなら毎日一段一段しっかり踏みしめていくことを心掛けていかないと、いつまでたっても足踏みしている状態では何ともならないから、成長を感じられるような文章を書いていくべきだと思うし、そういう姿勢を取ることが大事なのだと思う。

 とりあえず自分の文章は相当ひどいものだったけど、震災直後からの1か月くらいの文章くらいは読む価値あると思うので心に傷を負いたい人は読んでみてください。生の感情しかなくて心がえぐられると思います。



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note始めてました。あとお知らせ。

 新サービスということでさっさと登録してちょいちょいやってます。完全創作の短編集です。過去作品の手直しやここでしか読めない新作もあります。

 noteページはこちらから https://note.mu/zeromoon0

 あと感想以外の雑文はこっちにあげています。

 愛されたいならアイスだけ http://zeromoon0.hatenablog.jp/

 このブログは一応感想日記と言うことで、基本映画や本の感想をマニアックに書いていこうと思います。最近のんびり映画観たり本読んだりする時間もないのですが、ちょいちょい時間を見つけて更新していきます。一応作品のストックはまだいくつかあるので今夜あたりからぼつぼつあげていきます。よろしくです。


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お知らせ

 「感想など」だけ、お引越ししました。こちらには感想以外の雑文だけ置いておく場所にする予定です。

傍線部Aより愛を込めて(新館)
雑文はこちら(一応毎日更新)

 しばらくしたら、こちらの感想記事のみ削除します。
 今後ともよろしくお願いします。

 ぜろすけ
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